過疎地域を復活させるプロジェクトを役人の目を通して展開される物語。
人がいなくなった町に再び賑わいを取り戻す、いい展開の話かと思いきや、
このプロジェクトには悲劇が待ち構えています。
あらすじ
人がいなくなった村に再び活気を戻すべく立ち上げられたプロジェクト
――Iターン支援推進プロジェクト。
南はかま市の市役所職員の万願寺は、そのプロジェクトリーダーに抜擢される。
しかし、そこで待っていたのは、頼りにならない上司、学生っぽさが抜けない新人、癖の強い移住者、そして過疎地ならではの厳しい現実だった。
簑石村に理想や希望を持ってやってきた移住者たちは、やがて次々とトラブルを起こすようになる。
その度に万願寺は移住者から呼び出され奔走するが、住民は、一人、また一人と簑石村を出ていく。
トラブルが起きる度、そこにかすかな違和感を感じるようになる。
やがて最後の移住者が簑石を出ていき誰もいなくなったとき、彼は違和感の正体にたどりつく。
この違和感が万願寺に残酷な真実を突きつけることになる。
作品情報
著者:米澤穂信
レーベル:文春文庫
頼りない上司と新人の部下
南はかま市Iターン支援推進プロジェクト。
部署名は通称『甦り課』。
南はかま市の市長直属プロジェクトである。
このプロジェクトメンバーは3人。
課長の西野秀嗣、新人の観山遊香、プロジェクトリーダーの万願寺邦和。
万願寺はこの甦り課に来る前は出世の見込みのある課に配属されていた。
しかしこの甦り課は市長直属のプロジェクトだけれども、どう考えても出世の見込みがない所だと嘆いている。
課長の西野は、始業時刻に部屋にいることは滅多になく、終業時刻に部屋に残っていることはまったくない。
急に仕事をするかと思えば万願寺の意に沿わないことを勝手に進めてしまう、万願寺にとって頼りない上司である。
観山は去年採用されたばかりの新人であるため、あまり難しい仕事は任せられない。
実質仕事をやるのはほとんどが万願寺である。
立て続けに起こる住民同士のトラブル
騒音の苦情、小火騒ぎ、盗難、子供が帰ってこない、バーベキューでの食中毒事件、救急車騒ぎ、等々。
立て続けにトラブルが発生する。
警察でもないただの市役所の職員なのに、万願寺と観山はこれらの騒ぎの対応に追われる。
そして騒動の後に必ず移住者が簑石村を出て行ってしまうのである。
なぜ次々とトラブルが起きてしまったのか、一応の説明はつくものの、釈然としない小さな違和感が万願寺の胸の中にかすかに残る。
予算
この物語では予算がないという表現が多く使われている
図書館も予算が厳しいと聞いているが、
p129
今年度はもうほとんど予算が残っていない。心苦しいが、『少し様子を見て……』としか言えない
p133
砂防計画が完了すればハザードマップの色は青寄りに塗り替えられるが、予算不足のため工事は市全域で盛大に遅れている
p182
土木課に予算がないのはわかる、潤沢な予算などどこにもない
p277
簑石の除雪費に充てる分の予算も、当初の予算に盛り込んでる。ただ、予算編成の段階じゃ、こんなにちらばって住むことになるとはわからなかった。暖冬を願うしかないな
p278
家屋の修繕、砂防計画、除雪費、等々
とにかく人が住むためにはお金がかかるのである。
にもかかわらず南はかま市全体ですら予算が足りていないのだから小規模の簑石村に割くお金は限られたものになってしまう。
このプロジェクトを将来まで見据えて思考を巡らせたとき、限られた予算の中でなんとかしようというのは絶望的である。
役人のもどかしさ
プロジェクトリーダーの万願寺邦和は非常にもどかしい立場にいる。
このプロジェクトには十分な予算がないのに、上からはやれと言われ、
移住者からは苦情や要望が相次ぎ、その改善策も予算が足りないためどうすることもできない。
一介の役人である万願寺にできることには限りがある。
役人という立場のもどかしさについては、作中で次のように述べられている。
万願寺くんも知っての通り、行政においては市長が脳で、われわれは手足だ。われわれ役人が意思を持つことは認められていない。それが健全な法治というものだ。
P395より
この地域再生プロジェクトは市長の肝いりのプロジェクトであり、万願寺から見れば、いわば上からの命令である。
逆らえるはずもなく、無理難題なこのプロジェクトを彼なりに進めようとしているところに
もどかしさがひしひしと感じられる。
まとめ
この作品は、地域再生プロジェクトを通して地方行政の在り方を問いつつ、
移住者が起こす、小火騒ぎ、行方不明者の捜索、事故、盗難、食中毒事件、
これらのトラブルをミステリーチックに描いているので、とても面白く読むことができる。
万願寺が抱いた違和感の正体が明らかになったときは、残酷すぎて彼が哀れでならなかった。
最後には”驚き”の要素もきちんと盛り込まれているので読みごたえ十分である。
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